2014年9月アーカイブ

防災の日に...

 

1923年(大正12年)911158分、神奈川県相模湾北西沖80km(北緯35.1度、

東経139.5度)を震源として発生したマグニチュード7.9の大正関東地震は、神奈川県

東京府を中心に約10万人の死者を出し、日本災害史上最大級の被害を与えました。

 

 この教訓を忘れないように、1960年(昭和35年)、9月1日を防災の日と

定めました。都内でも今年は、M7.3、震度7を想定した訓練が行われました。

 

 大正関東大震災から91年が過ぎました。

4つのプレートがぶつかることによって列島が形作られる日本。

 

特に太平洋プレートからの圧迫によって、関東で弓なりに曲がっています。

そこでは常にエネルギーが貯まり、定期的に地震として解放されてきました。

91年間たまったエネルギーがいつ解放されてもおかしくはありません。

 

そういう意味では、「備えあれば憂いなし」で、しっかりと万一に備えることが大切です。

この際、大震災の時は、「3・3・3の原則」でサバイバルして下さい。

 

特に最初の30秒の激震の時に、自己責任で、確実に生きのびることができるスペース等に

少なくとも上体をもっていくこと、あるいはそういう状態を、あらかじめ24時間の生活

空間の中に作っておくことです。

 

次の3分では家族責任で助け合うこと。津波・火災の予期されるときは、この時間内に

判断し、安全な場所に避難することです。

そして、田舎なら3日、都市部なら3週間ぐらいの非常糧食と水を供えておくことです。

詳しくは拙著「原発と陰謀...自分の頭で考えることこそ最高の危機管理」(講談社)を参考

にして下さい。

 

ところで、「3.11フクシマの最大の教訓は?」と問われると、あなたは何と答えますか。

それは、現状の政府は決して真実を伝えない、ということです。

 

今回の防災訓練でも、浜岡原発の「暴発」は想定外となっています。

浜岡原発含め日本の54基の原発は、全て360~600ガルの耐震強度で作られています。

砂上の楼閣の浜岡には4000ガルを超える揺れが予期されています。

再稼働の準備にいそしむ浜岡原発は、予期される東海地震等では、横倒し、メルトダウンが

私には予期されます。

 

3.11フクシマでは、メルトダウンし住民を緊急避難させなくてはならないことが明白

だったにもかかわらず、真実情報を隠して、住民達を被爆させたのです。

世界的な核産業の存続のためです。

 

本来ならば、3.11後直ちにフクシマに「政府現地対策本部」を設立しなければならな

かったのです。政府現地対策本部は、政府・地方自治体・実行部隊(自衛隊・警察・消防)

・メディアの4者が一体化した「日本国の現地指揮所」です。

現場の真実情報が瞬時に国内外に伝わり、迅速的確な国家としての対応が可能となります。

 

これは、1995年の阪神淡路大震災で、国としての対応の不備の反省に基づき、災害

基本法を修正して制度化されたものです。

それが最初に適応されたのが2000年3月の北海道有珠山噴火災害の時でした。

 

実は、阪神淡路大震災で陸幕の運用責任者として現地で体験していた私は、有珠山噴火の

時に、自ら手を挙げて現地におもむき、有珠山政府現地対策本部の立ち上げ、運用要領の

確立に関わりました。この時の成功が雛形となって、事後の中越地震などでも、迅速な対応

ができ、日本の災害対処は、「もう大丈夫」と確信していました。

 

 ところが、3.11フクシマでは、ついに現地対策本部は設立されませんでした。

そればかりか、地震発災後、最初に現場から避難したのが、東京本社からの指示に基づいた

現地記者たちだったのです!

 

 今ではその理由が明確にわかっています。原発、つまり核分裂を利用する産業の「危機の

真実」を被支配者達に知られてはならないからです。ウランを人工的に核分裂させることに

より、その人口放射性物質が鉛等自然の安定した金属に戻るために、放射線を出して原子転

換します。

 

α線(ヘリウム核)、β線(電子)、γ線(電磁波)の三つです。

γ線は電波と同じですから、外部被爆が問題となります。

ところがα、β線は物なので、水、空気(ほこり)、食物などとともに体内入った時、つまり

内部被爆が極めて問題となります。

 

外部被爆の600倍以上の影響があります。しかも、煮ても焼いても食っても、原子転換が

終了するまで放射線は出続けます。つまり体内でDNAを損傷し、世代を超えて異常細胞を

形成します。

 

 こういう真実が広まると、核産業は、国際世論により排斥されます。

それ故、原爆の開発段階から「内部被爆」は無かったものとされたのです。

 

 広島・長崎の原爆症も、爆心から2km以内、年間換算100ミリシーベルト以上の「γ線」

を受けたものと、今でも定義されています。フクシマでも地上1mの空中γ線しか問題にして

いません。α、β線による内部被爆は、なかったものとしてタブー視し、壮大な「嘘」、

マインドコントロールが続行中です。

 

 この内部被爆が、世論の注目を集めたのが、ビキニ環礁での水爆実験の死の灰で被爆した

第5福竜丸でした。実は、ビキニ環礁では10年間に23回の水爆実験が行われました。

 

第5福竜丸以外に98隻のマグロ船が同じように被爆しているのです。

日本政府は、寄港後これらの船、マグロ、船員の被爆状況を測定し、米国にデータを送った

あと、日本では「なかったこと」にずっとして来たのです。

 

 実際は、被爆した船員の三分の一が癌で亡くなっています。

 このような事実が世論に流れると、核は使えなくなります。核ばかりか、占領している

米国への反発で駐留軍も出ざるをえなくなります。

 

そこで、米国得意の「広報戦略」で、大々的な「核の平和利用キャンペーン」を、博覧会

形式で行いました。その顔となったのが中曽根康弘氏であり、ナベツネの読売新聞等が

もりあげました。その結果、平和を愛する米国、未来の夢のエネルギー核・原発が、完璧

に日本社会に刷り込まれてきたわけです。

 

3.11で現場の本当の情報が流れると、この「嘘」の仮面がはげて、日本人が覚醒する

恐れがあります。それ故、「臭い物には蓋をせよ」で、真実を見せないために、現地対策

本部もフクシマに設立しなかったのです。

 

 それ故、大事な家族の命と健康は、自分の判断で守らなければなりません。

そのためには、本当の「情報」を自らの足を運んで知ることです。

 

 浜岡で万一の時は、「水蒸気爆発」と「核爆発」の煙の生成・形状が全く違うことを

知っておくだけで、事後の避難行動も変わります。

もっとも、常に最悪に対する備えをしておくことが大切であることは言うまでもありません。

 

 いずれにせよ、日本人の目覚めを信じて、

9月1日、防災の日の体験に基づいた「心のつぶやき」を送らせていただきます。

 

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◆池田整治 公式HP: http://ikedaseiji.info/

◆東藝術倶楽部顧問

         

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