東藝術倶楽部瓦版 20160815 :下肥

 

おはようございます。

リオでのオリンピックも佳境を迎え、日本選手の活躍が連日報道されています。一方で、現地では犯罪に巻き込まれる人も少なからずいるようで、治安悪化対策は南米における最大の課題だと言えるでしょう。このような世界が存在すること自体、異常なことなのですが、現実は現実として捉え、先ずは目の前にある問題に対して前向きに対処していきましょう。

 

さて、江戸の料理革命に関するご紹介は、前回で一区切りさせていただきましたが、食に関するお話しはまだまだ続きます。

 

朝から臭い話で恐縮ですが、食に関するリサイクルのことはぜひとも紹介しておかなければなりません。

先日も江戸の下水に関するお話しで少し紹介しましたが、江戸時代のトイレ事情についてのお話しです。ご存知の通り江戸のトイレは汲み取り式で、人々が日々排出した糞尿は、便所の下に組み込まれたタンクに一旦溜められ、いっぱいになると汲み出され、それが穀物や野菜等を育てるための肥料(下肥)として利用されていました。このため、当時の西洋のように、街路に糞尿が撒き散らされることはなく、また下水に流れ込むこともなかったので、川や海は汚染されずにすんだことは、以前にもご説明した通りです。

 

農業用の肥料としては、刈り草、海草、米糠、食用油の搾りかす、干し鰯などもありましたが、何と言ってもこの下肥が最高の肥料でした。同じ下肥でも、やはり食べているモノが良いと、それだけ肥料価値が高かったようで、農家の間で下肥の争奪戦が起こり、大名や旗本の屋敷では、希望者に対して入札制を導入したところもありました。つまり、農民はおカネを支払って下肥を入手していたのです。現代では、下水道料金やバキュームカー費用等おカネを支払って引き取ってもらいますよね。江戸時代はその逆で、むしろおカネになるのですから、何とも羨ましい限りです。

ですから、売る方からすれば高値で売ろうとします。しかし、農民からすればそんなおカネは支払えないということで、野菜や馬の飼葉を納めたり、あるいは敷地の草刈りなどの労働で対価を支払うこともあったようです。

 

町屋にあるトイレも状況は同じです。長屋など共同トイレの下肥の利益は「大家(おおや)」のものでした。この大家は、今でいうところの管理人で、建物の所有者である「家持(いえもち)」から管理を委託され、「家守(いえもり)」や「家主(いえぬし)」とも呼ばれていました。

大家の仕事は、家賃の集金、井戸・ごみ置き場・便所の管理などで、かなり細かく長屋の管理をしていました。そして、その役得がこの下肥の販売だったというわけです。その利益は、野菜などの受け取りも含め、家持からもらう給金の2倍ほどだったと言われています。長屋住民の協力がなければ、この収入も成り立たないのですから、普段からの住民との付き合いが大事になるわけです。

 

江戸では、この下肥の他にも料理の際に出る野菜くず、竃(へっつい)から出る灰(酸性土壌の中和剤として利用)、アサリやシジミなどの貝殻の灰なども肥料として使われました。

こうした肥料の運搬は、武蔵野台地ような高台では天秤棒や荷車で運んでいましたが、起伏が多く大変だったようです。一方、江戸の東側の低地では掘割や川を使って、船で大量に効率良く運べました。このため、肥料を大量に使う作物が低地でよく栽培されるようになったとも言われています。

下肥を運ぶ専用線を「葛西船」と呼んでいました。これは、江戸城本丸の汲み取りを引き受けていた葛西の農民・権四郎に由来するものです。

 

こうして農村に集められた下肥等の肥料は、一旦「肥溜め」と呼ばれる貯蔵施設に入れられます。ここでしばらく寝かされるわけですが、その間に発酵が進みます。その時の発酵熱は何と70℃にも達します。こうした過程を経て、はじめて下肥が肥料として利用されるようになります。

東京都食品環境指導センター刊行の「くらしの衛生」43号(2001年3月)によれば、温度が70℃になれば寄生虫は死滅し、食中毒の感染は防止できるとのことですから、現代にも通じる昔ながらの知恵がこうしたところでもうかがい知ることができます。

 

高見澤

2021年1月

          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            

このブログ記事について

このページは、東藝術倶楽部広報が2016年8月15日 15:03に書いたブログ記事です。

ひとつ前のブログ記事は「東藝術倶楽部瓦版 20160812 :江戸の料理革命ー出汁」です。

次のブログ記事は「東藝術倶楽部瓦版 20160816 :江戸の農業革命」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

カテゴリ

ウェブページ