東藝術倶楽部瓦版 20170407 :江戸の粋ともの作りの賜物ー和時計

 

おはようございます。今朝の東京は、昨日とうって変わって雨が降っています。天気予報によれば、今週末も雨日和が続くとのことなので、この雨で桜も大分散るかもしれませんが、それでも関山や普賢象などの八重桜はこれからで、更に遅咲きの高嶺桜や深山桜など、しばらくの間は桜を楽しめることでしょう。

 

さて、本日は昨日に続いて「江戸の時計」をテーマに、不定時法に合わせた機械式の「和時計」を紹介していきたいと思います。これは画像をみながらご紹介したいところですが、何分にも本メルマガシステムに容量の制限があることから難しいため、文字による説明のみということでご理解ください。

 

先ず最初にご紹介するのは、「一挺天符目覚付掛時計(いっちょうてんぷめざましつきかけどけい)」です。これは江戸時代前期のもので、「一挺天符」とは、棒天符が1本付いていることを表します。鐘の下に分銅がついている櫛歯状の横棒が棒天符で、往復運動をして、振り子のように時計の動く速さを制御する調速機となっています。掛時計ですから、柱や壁に掛けて使います。下の紐の先には錘(おもり)が付いていて、その重さで動きます。1日に1回文字盤が回転するので指針は固定されており、目覚ましの機能も付いています。毎日2回、明け六ツと暮れ六ツに天符に吊り下がっている錘の位置を調整し、季節ごとの時刻に合わせるようになっています。大きさは、高さが43cm、幅が14cmです。

 

次は「二挺天符目覚付袴腰櫓時計(にちょうてんぷめざましつきはかまごしやぐらどけい)」です。江戸時代前期、元禄元年(1688年)のもので、三代目津田助左衛門の作と言われています。「二挺天符」とは、棒天符が2本付いていることを表します。明け六ツと暮れ六つで自動的に切り替わり、昼は上の棒天符、夜は下の棒天符が動きます。このため、分銅の移動は毎日する必要がなく、季節の昼夜の長さに合わせて、24節ごと(15日ごと)にそれぞれの分銅の位置を移動すればよいというものです。時計本体の下のひもと錘が板で覆われていて、櫓のような形をしていることから「櫓時計」と呼ばれ、掛時計と同様に錘の重さで動きます。これは文字盤が固定され、指針が回転するもので、目覚まし機能付きのものです。大きさは、高さが36cm、幅が11.5cmあります。

 

続いて「大型一挺天符台時計(おおがたいっちょうてんぷだいどけい)です。江戸中期のもので、高さは218cm大型で、元犬山城天守閣にあったものと伝えられています。指針は一日に1回転し、文字盤が固定されています。機械自体の高は57cmで、幅が20cmあります。

 

次は「一挺天符枕時計(いっちょうてんぷまくらどけい)」です。これは江戸時代後期のもので、ゼンマイを動力に用いた置時計です。真鍮の側には毛彫りが、朱塗りの回転文字盤には金唐草蒔絵がほどこされ華麗な時計に仕上がっています。文字盤には「半」刻表示がみられます。機械自体の高さは14cm、幅は11cm、奥行きは7cmです。

 

「振子円グラフ式文字盤掛時計(ふりこえんぐらふしきもじばんかけどけい)」も江戸時代後期のものです。

 

「円グラフ式文字盤」の指針が内側の文字盤の下から自動的に出たり入ったりして、1年間かけて長さが変わるようになっており、季節によって長さが変わる指針の先端が指している外側の文字盤の線から、時刻を読み取ることができる非常に珍しい仕組みになっている掛け時計です。針は、夏至で最長、冬至で最短となっています。調速機として、後部に付けられた振り子が使われています。機械自体の高は15cm、幅は15cmで、厚さが7.0cmです。

 

珍しものでは、薬を持ち運ぶ「印籠」に模したケースに時計を入れた「印籠時計(いんろうどけい)」というものがあります。江戸時代後期のもので、高さ5.3cm、幅4.5cm、厚さ2.5cmの小型の時計です。時打ち式で文字盤は割駒式です。ケースは総べっ甲製で全面に蒔絵が施され、蓋の中に日時計と磁石が仕込まれている豪華な時計です。箱書によると、水戸藩主・徳川斉昭(烈公)の所持品であったと考えられています。

 

このほかにも、江戸時代にはたくさんの和時計が製作されています。すべてを紹介できないのが残念ですが、江戸勉強会「暦編」として、「セイコー時計資料館」を巡ってみるのも面白いかもしれません。こうした精密で粋な機械仕掛けの時計が作られた背景には、「からくり人形」などの生活の楽しみとともに、日本人のモノづくりに掛ける心意気があったからに違いありません。

 

高見澤