東藝術瓦版 20170419 :諸説ある睦月の語源-むつびつき、もとつつき、もゆつき、うむつき?

 

おはようございます。昨日の東京はとても暑い1日でした。朝方は雨がぱらつき、風も強かったのですが、その後は一気に気温が上昇し、夏を思わせるような陽気になりました。

ところで、今回の池田顧問が発信されたメルマガですが、非常に興味を持って読ませていただきました。戦争をする際に最も大事なのは「兵站」にあることを、改めて感じさせる内容の文章でした。圧倒的な戦闘力で秦帝国を倒した項羽が劉邦に敗れたのも「兵站」に原因があり、諸葛孔明が北伐で常に苦しんでいたのが「兵站」にあったことは、歴史を学べばよく分かることです。こうした知恵を生活や仕事に活かすことができれば、人生もまた楽しくなるかもしれません。

 

さて、本日は「和風月名」の「睦月(むつき)」について紹介したいと思います。和風月名については、前々回のメルマガで説明した通りで、睦月は旧暦1月を指します。『万葉集』に、「武都紀(むつき)立ち春の来らば...」や「牟都奇(むつき)立つ春の初めに...」といった歌が載っています。この二つの言葉に「睦月」の字が当てはめられたのは中世以降のことだと言われています。とはいえ、この語源については諸説あり、実際のところは定かではありません。

 

室町時代に成立した『節用集(せつようしゅう)』や鎌倉時代末期の『二中歴(にちゅうれき)』には、正月には身分の上下や老若も関係なく、お互いに往来して拝賀し、親族一同集まって娯楽遊宴するという「睦び月(むつびつき)」の意味であるとして、この「むつびつき」が訛って「むつき」となったという説が書かれています。平安後期の歌人・藤原清輔(『奥義抄』)、室町後期の学者・一条冬良(『世諺問答』)、江戸中期の学者・新井白石(『東雅』)などはこの説をとっています。国語辞典などでもこの説を採用していることが多く、現在これが最も有力な説となっています。

 

その他にも、江戸中期の国学者・賀茂真淵(かものまぶち)の「元つ月(もとつつき)」が略されて「むつき」となったという説(『語意考』)、江戸後期の国学者・平田篤胤(ひらたあつたね)の草木の萌きざす「萌月(もゆつき)」が約されたという説(『古今要覧稿』)、江戸中期の国学者・谷川士清(たにがわことすが)の春陽発生の初めである「生月(うむつき)」であるとする説(『和訓栞』)などがあります。

 

また、明治から昭和初めまで活躍した国語学者の大槻文彦は、彼の編纂した『大言海』で「実月の義。稲の実を初めて水に浸す月なりという。十二カ月の名はすべて稲禾生熟の次第を逐いて名づけしなり。一説に相睦び月の意というはいかが」と論じています。

 

本日午後から島根県松江市に出張です。今週はメルマガが発信できませんので、ご了承ください。

 

高見澤