東藝術倶楽部瓦版 20171004:江戸時代にその原型ありー秋田「竿燈祭り」

 

おはようございます。今朝の東京は雨がパラついています。地下鉄の駅から職場まで10分もかからない坂道ですが、途中で傘をささざるを得なくなりました。今日は1日曇りの予報ですが、雲が厚く若干のお湿りがあるのかもしれません。

 

さて、前回は青森の「ねぶた祭り」を取り上げましたので、本日は同じ「東北三大祭り」の秋田の「竿燈(かんとう)祭り」をテーマにお届けしようと思います。

 

竿燈祭りは、国の重要無形民俗文化財に指定されています。開催される場所は秋田市中心部、時期は8月の初めで、2017年は8月3日から6日まで行われました。

 

この竿燈祭りもねぶた祭り同様に、睡魔を追い払う「眠り流し」の行事で、江戸時代から行われてきており、その原型となるものは宝暦年間(17511764年)にはすでにあったとされています。現在残っている最も古い文献としては、江戸時代中期の国学者・津村淙庵〔元文元年(1736年)~文化3年(1806年)〕が寛政元年(1789年)に書いた紀行文「雪の降る道」に、旧暦7月6日に「ねぶりながし」が行われたことが記されており、この時にはすでに秋田独自の風俗として伝えられています。長い竿を十文字に構え、それに灯火を数多く付けて、太鼓を打ちながら町を練り歩き、その灯火は二丁、三丁にも及んでいたようで、これが竿燈の原型だとされています。江戸時代後期に幕府の右筆であった屋代弘賢(やしろひろかた)〔宝暦8年(1758年)~天保12年(1841年)〕によって書かれた諸国の風俗や習慣を記した『風俗問状答(ふうぞくといじょうこたえ)』には、その当時の様子が描かれています。

 

元々、藩政以前から秋田市周辺に伝えられている「ねぶたながし」は、笹竹や合歓木(ねむのき)に願い事を書いた短冊を飾り付け、町を練り歩き、最後に川に流すものでありました。それが宝暦年間に蝋燭が普及し、更にお盆の時に門前に掲げた高灯籠などが組み合わさり、更に五穀豊穣祈願とも結びついて、独自の行事に発展していったものと言われています。

 

現在の「竿燈」は、六間くらいの長い竹竿に9本の横竹を結び、これに46個の提灯を数段に分けて吊り下げたもので、重いものでは重量が60キログラムに達するものもあるそうです。これを半纒、股引姿の若者が持ち、笛や太鼓の囃子に合わせて、額から肩、肩から腰へとすり移して妙技を競い合う祭りです。夜は百数十本余りの竿燈が集まり、提灯の灯が夜空を彩ります。

 

時間とおカネに余裕があれば、こうした全国の祭りを巡り歩くのも楽しいかもしれません。

 

高見澤