東藝術倶楽部瓦版 20171102:十月時雨の雨に濡れつつや君が行くらむ宿か借るらむ-「神無月」に神はいないのか?

 

おはようございます。日本のニュースでは、神奈川県座間市での猟奇殺人の事件でもち切りです。こんなニュースが新聞の一面をかざり、国際的なニュースが脇に追いやられる報道の在り方にも問題がありますが、こんな社会になっている日本にも嫌気がさしてきます。この先、日本はどうなっていくのでしょうか。

 

さて、本日からは10月の年中行事に移りたいと思います。先ずは10月の和風月名「神無月(かんなづき、かみなしづき)」について紹介致しましょう。

 

俗に、旧暦10月には、八百万(やおよろず)の神々が出雲大社に集まり、男女の縁結びの相談をするため、各地で神が不在となるので「神無(かみなし)月」と呼ばれ、逆に出雲地方(島根県)では「神有(かみあり)月」と言うようになった(『下学集』、『奥義抄』)、と広く信じられています。今年4月に松江で行われた「日中経済知識交流会」での溝口島根県知事の挨拶の中でも、このことが紹介されていました。しかし、この話はあくまでも俗説に過ぎないということです。

 

『日本書紀』雄略紀に「盂冬作陰」という記述があり、これを「カムナヅキノスズシキツキ」と訓ませています。また、『万葉集』では、10月を「カミナヅキ」、或いは「カムナヅキ」と読ませる歌が5首あります。

 

「十月(かむなづき)時雨の雨に濡れつつや君が行くらむ宿か借(か)るらむ」(巻二十、問答の歌、三二一三)

「十月雨間(あまも)もおかず降りにせばたりしの里の宿か借らまし」(巻二十、問答の歌、三二一四)

 

5首のうち上の2首が特に有名ですが、ここから神が不在の月なのか、或いは神の月そのものを意味するのかは全く分かりません。そもそも「カミ」が「神」に由来する否かも不明なのです。

 

10月を「神無月」とする語源については、順徳天皇(順徳院)が著した歌論書『八雲御抄(やくもみしょう)』に「十月 かみなづき 出雲国には鎮祭月という」とあることから、昔からこの「神無月(かみなしづき)」説が有力とされてきました。しかし、これには異説も少なくありません。

 

「伊弉諾尊(いざなぎのみこと)崩(かく)れ供(たま)ふ月なれば申すなり」として、天照大神(あまてらすおおみかみ)などの父である伊弉諾尊の命日にちなむとする説(『世諺問答(せいげんもんどう)』)、10月は雷の鳴らなくなる「雷なし月」とする説(『語意考』)、更には「神嘗月(かんなめづき)」、「神祭月(かみまつりづき)」または「神の月」が語源とする説(『和訓栞』、『東雅』)などがあります。また最近では、10月は翌月の「新嘗(にいなめ)」の準備として新酒を「醸(まも)す月」、すなわち「醸成月(かみなんづき)」の意味で、「神無月」を当て字だとする説(『大言海』)もあります。そして、「カミナヅキ」の「ナ」は「無」ではなく、古語の「ナ」は「ノ」に通じるとの解釈から、「カミナヅキ」は「神ノ月」とする説もあります。

 

平安時代から江戸時代にかけての書物に示された諸説ある中で、一般的には「神嘗月」の意味と考えるのが妥当ではないかと言われています。

 

高見澤