東藝術倶楽部瓦版 20180613:職制は遠国奉行の上でも実態は左遷-「甲府勤番支配」

 

おはようございます。昨日、シンガポールで歴史的と称される米朝首脳が行われました。朝鮮半島の非核化については、日米で事前に摺り合わせてた通りの結果にならなかったとして、新聞報道では酷評する記事も散見されますが、先ずは短期間にここまで漕ぎ着けたことを評価すべきではないかと思っています。トランプでなければ、ここまでの結果は出せなかったでしょう。

 

さて、本日は「甲府勤番支配(こうふきんばんしはい)」について紹介していきたいと思います。前回紹介した「駿府城代」とともに、職制上は追って紹介する「遠国奉行」の上に置かれていました。甲州街道を通じて江戸と結ばれる甲府は、駿府と同様に江戸幕府にとって戦略上最も重要な要衝の地の一つでした。

 

皆さんもご存知の通り、甲斐国は戦国時代に武田氏によって治められていた地で、その後、武田氏の滅亡によって徳川、豊臣による領有が続き、江戸時代には江戸幕府直轄領となっていきます。武田氏は城を構えず、躑躅ケ崎館を中心とする城下町を拠点としていたことは有名です。その後、豊臣秀吉の命により天正年間(1573年~1593年)後期に甲府城が築城され、関東に移封された徳川家康に対抗するための重要な拠点として、新たな城下町が整備されていったとされています。

 

関ヶ原の戦いの後、甲斐国は再び徳川家の領有となり、山梨・八代・巨麻(巨摩)の国中三郡(甲斐西部)を治める「甲府藩」と東部の郡内地方を治める「谷村藩」が設置されます。慶長6年(1601年)、徳川十六神将の一人である平岩親吉(ひらいわちかよし)が甲府城代として就任、親吉と四奉行による支配が行われますが、慶長8年(1603年)に家康の九男・義直が甲斐25万石を拝領して甲府城主となります。慶長12年(1607年)に義直が尾張清州藩主として移封されると甲府藩は廃藩、その後、城主・城代不在の12人(2人ずつ10日交代)による城番制が敷かれました。

 

元和2年(1616年)〔元和4年(1618年)とも〕、2代将軍・秀忠の三男・忠長(国千代)の所領となるも、寛永9年(1632年)に忠長は改易、甲斐国は幕府直轄領となります。慶安4年(1651年)、3代将軍・家光の三男・綱重が甲斐を拝領し、甲府藩が復活します。綱重の死後、その長男・綱豊が5代将軍・綱吉の後継者となり〔宝永元年(1704年)〕、綱吉政権下で側用人を務めた柳沢吉保が甲府藩主(15万石)となって、同時に谷村藩が廃止されます。享保9年(1724年)、8代将軍・吉宗の享保の改革において幕府直轄領拡大政策が行われ、吉保の長男・吉里が大和郡山藩に移封されて甲斐国は再び天領となりました。

 

これ以降、甲斐国は甲府城に勤める「甲斐勤番(こうふきんばん)」の支配下となり、幕末までその支配体制が続くことになります。甲府勤番は甲斐国に常駐、主な職務は甲府城の守衛と城米の管理、武具の整備、甲府町方支配などで、甲府城南側に大手(追手)、北側に山手(やまのて)の2組が置かれていました。この各組の長が甲府勤番支配で、つまり定員2名ということになります。

 

甲府勤番支配は老中支配の旗本役で、その多くが小普請支配から任命され、知行高3,000石、役料1,000石と駿府城代と並ぶ重職でした。大手、山手の各組の勤番支配の下には、それぞれ組頭2人、与力10騎、同心50人が属し、更に小普請組みの武士から選ばれた勤番士200人が甲府に移住させられていました。組頭2人の下に仮目付(かりめつけ)10人を置き、両組を14組に分け、勤務は両組隔日交代、昼夜交代で城内楽屋殿に勤番していました。甲府勤番は、設立当初は武田遺臣の系譜を引く甲州系幕臣からの任命が多かったようですが、江戸からすると僻地であるとのイメージから、後に不良旗本・御家人の左遷先としての意味が強くなり、「甲府勝手」や「山流し」などといわれていたそうです。

 

享保9年以降、甲府勤番支配の就任者は合計75人、うち追手組甲府勤番支配が38人、残りの37人が山手甲府勤番支配でした。

 

高見澤

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このページは、東藝術倶楽部広報が2018年6月13日 12:12に書いたブログ記事です。

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