おはようございます。ここ最近、NHKや民放で、時代劇とは異なり、江戸時代を取り上げるノンフィクション番組が放映されるようになってきています。そこには武士道に基づく忠義の精神が描かれる場合もありますが、我々にとって心動かされるものは、何と言っても江戸に生きる庶民の生命力溢れる生き方ではないでしょうか。写真がなかった当時の様子は、文字による記録よりも、浮世絵というビジュアルを通して本当の姿を伺い知ることができます。歴史の記録は執政者の都合によって多くは改ざんされるのが常識ですが、庶民が描く浮世絵はそんな都合などなく、真実の世界を自由に描くことができ、たとえ公儀からの不当な介入があったとしても、何らかの工夫をしてどこかに真実の痕跡を残そうとする心意気を絵の中に描き出しています。しかも当時の浮世絵は芸術作品というよりも、実用品として庶民の間で廉価で取引されていたのです。それが今や世界的な芸術作品として取り上げられている摩訶不思議な状態です。江戸の人たちの次元の高さを、改めて噛み締める思いです。
さて、本日は「中山道(なかせんどう)」について紹介したいと思います。中山道は江戸時代の五街道の一つで、江戸の日本橋と京都の三条大橋を、内陸部を通って結ぶ街道で、「中仙道」、或いは「仲仙道」とも表記されるほか、「木曽街道」、「木曽路」などの呼称もあります。
以前紹介した東海道が太平洋沿岸経由の南回りの街道であるのに対し、中山道は内陸部経由の北回りで江戸と京都を結ぶ街道となっていました。日本橋を東海道とは反対の北に向かい、板橋宿、大宮宿、高崎宿を経て軽井沢宿に至り、その後、下諏訪宿、馬籠(まごめ)宿、加納宿、守山宿などを通って草津宿で東海道に合流します。日本橋から草津までの宿場の数は、江戸と草津を除いて67次〔距離129里10町圩余(約508キロメートル)〕、これに草津、大津の2宿を加えて全69次、距離にして135里34町余(約526キロメートル)にもなりました。江戸から京とまでは東海道よりも40キロメートルほど長く、宿場も16宿多い計算になります。途中、上野国碓氷(うすい)、信濃国福島、信濃国贄川(にえかわ)の3カ所に関所が置かれ、特に贄川から馬籠までを木曽路と称していましたが、いつの間にか木曽路、木曽街道の呼称が中山道全体を示すようになりました。
武蔵国:[日本橋(江戸)]-板橋-蕨-浦和-大宮-上尾-桶川-鴻巣-熊谷-深谷-本庄-〔10宿〕
上野国:新町-倉賀野-高崎-板鼻(いたはな)-安中-松井田-坂本-〔7宿〕
信濃国:軽井沢-沓掛-追分-小田井-岩村田-塩名田-八幡-望月-芦田-長久保-和田-下諏訪-塩尻-洗馬(せば)-本山-贄川-奈良井-藪原(やぶはら)-宮ノ越-福島-上松(あげまつ)-須原-野尻-三留野(みどの)-妻籠(つまご)-馬籠-〔26宿〕
美濃国:落合-中津川-大井-大湫(おおくて)-細久手-御嵩(御嶽)-伏見-太田-鵜沼(うぬま)-加納-河渡(ごうど)-美江寺(みえじ)-赤坂-垂井-関ケ原-今須-〔16宿〕
近江国:柏原-醒井(さめがい)-番場-鳥居本-高宮-愛知川(えちがわ)-武佐(むさ)-守山-[草津]〔8宿〕
中山道が完成したのは元禄7年(1694年)で、東海道、日光街道、奥州街道に次いで4番目に整備された幹線道路です。律令時代に畿内から東の内陸部に伸びる「東山道」の主要道路として整備された道が基盤となっており、慶長8年(1600年)に宇都宮から関ケ原に向かう徳川秀忠の軍勢がこの中山道を通っています。江戸時代に入り、東山道の街道を整備し、更に新たに街道筋を設けるなどして整備が進められました。中山道の名前が定着したのは享保元年(1716年)に、新井白石の意見を入れた幕府の通達があってからです。
中山道は、東海道のように大井川や安倍川などの大河による足止めのリスクはなかったものの、険しい山道が多く、冬場は降雪や寒さにより通行が困難になることも少なくありませんでした。このため、1日に歩ける距離も短く、宿場の数も密にする必要がありました。東海道に比べ大回りをする上に、和田峠越えや「木曽のかけはし」などの難所があったにもかかわらず、中山道を選ぶ旅人が多く、その理由として、東海道での「入鉄砲出女」の取り締まりが厳しかったことが指摘されています。
以前、中山道での各宿場での定置人馬の数は50人50疋と紹介しましたが、贄川から馬籠までの木曽路11宿は25人25疋とされ、中山道筋の一つの宿場における旅籠の数は東海道の約半分、宿代は東海道よりも2割ほど安かったようです。参勤交代で中山道を使う大名は北陸を中心とした30家で、東海道が146家、奥州街道が37家であったことを考えると多くはありません。幕末の文久元年(1861年)、皇女和宮が徳川家に降嫁のために江戸に下向した際には、当初東海道とされていた経路を中山道に変更しています。
高見澤