東藝術倶楽部瓦版 20200304:【江戸の川その55】音無く流れる「石神井用水」

おはようございます。新型コロナウイルスの影響を受けてか、株価が乱高下しています。影響を受けるというよりも、翻弄されていると言った方が適切かもしれません。米国FRBも政策金利の緊急利下げを行い、投資家はリスク回避のために株式を売り、昨日大幅に株価を戻したニューヨーク株式市場は再度大きな下落をみせています。金利が下がると企業は設備投資に資金を回し、景気が回復するとの見方から株価が上がることもあり、単純に政策金利の上げ下げで株価の上下が予測できるわけではありませんが、それにしても経済の混乱が続く背景には新型コロナウイルス感染があり、そしてその更なる背景には一体何があるのでしょうか?

 

さて、本日は「石神井用水(しゃくじいようすい)」について紹介しようと思います。石神井用水は、前回紹介した石神井川の水を王子神社(東京都北区王子本町)とその南にある飛鳥山(北区王子)の間で堰き止め、東側に流した用水のことです。別名、「王子川(おうじがわ)」、或いは「音無川(おとなしがわ)」と呼ばれています。

 

石神井川の水を堰き止めた堰が、前回も紹介した明暦2年(1656年)に建設された「王子石堰(おうじいしぜき)」です。王子から、田端、西日暮里、日暮里と現在のJR山手線に沿って流れ、日暮里駅前から、荒川区と台東区の区境を流れています。三ノ輪でその流れがいくつかに分かれます。北東方向は「石浜川(いしはまがわ)」、南東方向は「思川(おもいがわ)」となり、明治通り沿いに泪橋を抜けて白髭橋付近で隅田川に注ぎます。もう一つの流れは、日本堤沿いに流れて山谷堀に通じていました。

明治時代になると、北側に分水される「根村用水」、「上郷用水」に対して「下郷用水」と呼ばれ、下郷18カ村で石神井用水組合を結成し、農業用水として管理されていました。しかし、その後は宅地化が進み、昭和の初めには管理組合も廃止されてしまいました。

 

江戸時代には蛍も飛び交うほどの清水でしたが、次第に水質が悪くなり、昭和9年(1934年)には暗渠化されて、現在は下水道となっています。

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このページは、東藝術倶楽部広報が2020年3月 4日 08:17に書いたブログ記事です。

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