東藝術倶楽部瓦版 20201104:【江戸の町その33】日本最初の観光菖蒲園-「堀切菖蒲園」

おはようございます。いよいよ米国大統領選の投開票が行われました。米国内での評価が分かれるなか、共和党・トランプ、民主党・バイデンの高齢者対立の結果が気になるところです。投票結果をめぐる混乱が予想されるほか、結果が出るまでに時間を要するとのことで、大統領選挙をめぐる米国社会の在り方に大きな問題があるように思われます。とはいえ、日本の選挙制度が機能しているかと言えば、それも大いに疑問のあるところです。

 

さて、 本日は「堀切菖蒲園(ほりきりしょうぶえん)」について紹介しようと思います。堀切菖蒲園は、東京都葛飾区にある葛飾区所管の植物園で、その名の通り花菖蒲の名所として知られています。京成本線堀切菖蒲園駅から500メートルほど南西に向かった綾瀬川沿いにあり、その広さは8,748平方メートルにもなります。

 

江戸系の花菖蒲を中心に2006,000株の花菖蒲が植えられています。6月上旬から中旬にかけてが見ごろを迎え、それに合わせて毎年「葛飾菖蒲まつり」が開催されます。地元住民や商店街、行政などによる運営協議会により各種のイベントが開催されているそうです。

 

堀切は、江戸時代から花菖蒲の名所として広く知られていました。一説によると、江戸時代後期、堀切の百姓・小高伊左衛門が各地の花菖蒲を趣味で集めて庭に植えたのが始まりで、後に日本で最初の観光花菖蒲園となった「小高園」として開園されたとのこと。その菖蒲園の評判が広がり、12代将軍・徳川家慶や13代将軍・家定、尾張藩主・徳川斉荘(なりたか)などが立ち寄り賛辞を送ったそうです。また、江戸百景にも数えられ、鈴木春信や歌川広重の浮世絵にも描かれたほか、名所案内や紀行文にも登場しています。

 

もう一説には、室町時代に堀切村の地頭・久保寺胤夫が家臣の宮田将監に命じて陸奥国郡山の安積沼から花菖蒲を取り寄せて栽培を始めたというというもの。いずれにせよ、明治以降にはこの小高園の他にも「武蔵園」、「吉野園」、「観花園」、「四ツ木園」、「菖香園」、「堀切園」などの菖蒲園が開園したそうですが、二度の大戦や都市化によりそのほとんどが消滅してしまいました。

このうち、戦後に唯一復興を果たしたのが堀切園で、現在の堀切菖蒲園として公開され、その後、昭和34年(1959年)に東京都が買収して昭和50年(1975年)に葛飾区に移管、現在に至っています。花菖蒲の他にもサツキツツジ、春には牡丹、藤棚、カキツバタ、秋には萩のトンネル、冬には梅や冬桜などが咲き、四季を通じて楽しめるようです。園内には食事ができる集会施設「静観亭」がありますが予約制とのことです。

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このページは、システム管理者が2020年11月 4日 18:13に書いたブログ記事です。

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