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解説付き浮世絵ギャラリー

■三浦屋の高尾 ( 短冊揃物 )
 
 
  桜と芸者(二代豊国)   タイトル 「三浦屋の高尾 /( 短冊揃物 )」  
    絵 師 三代歌川豊国  
    作画期 文久元年(1861)  
    判 型 大判縦一枚  
    版 元 鍵屋庄兵衛  
    解 説

 フィンセント・ファン・ゴッホが描いた「タンギー爺さんの肖像」、その背景に使われた浮世絵の一点として有名な錦絵となっています。江戸は新吉原の大店、三浦屋の花魁には高尾太夫という代々受継がれてきた大名跡があります。これら高尾太夫には各人それぞれ、興味深い逸話が伝えられています。この錦絵は二代目高尾、通称「仙台高尾」と呼ばれる花魁を描いています。ゴッホは、「富士、桜、芸者、日本」の内芸者を表わすモチーフとしてこの三浦屋の高尾を用いたということが、五井野正画伯により明らかになっていることは、前回取上げた錦絵「五十三次名所圖會 石薬師」と同様です。ゴッホ美術館図録No.289となっているこの錦絵は、三代岩井粂三郎演じる三浦屋高尾の役者絵なのですが、背景に杜若(かきつばた)が描かれています。そして短冊には、
咲かへて  色さへ  うとし  杜若
とあります。文久元年四月、江戸中村座にて伊達(だて)競(くらべ)阿国(おくに)戯場(かぶき)の内、燕子花(かきつばた)色(いろの)初音屋(はつねや)という芝居が興行されていますが、おそらくはこの歌舞伎に関連した図柄ではないかと思われます。
仙台六十二万石の若き藩主伊達綱宗は高尾太夫を寵愛し大金を積んで身請けしますが、高尾には島田重三郎という間夫(注1)がいたため綱宗公の意に従わず、屋形船の船中で吊るし切りにされたとも、また一説に、側室として生涯添い遂げたとも言われています。杜若といえば、鮮やかな紫と清冽な姿形で初夏を代表する花。短冊には「久女三」とありますから、三代岩井粂三郎が三浦屋高尾の心情を詠んだものでしょう。短冊の意は、吉原の最高位、太夫という花から、大名の側室という花に咲き変えてみたものの、思うようにはならず初夏に咲く鮮烈な色合いの杜若の色でさえ褪せて見え、うとましく思うというほどのことでしょうか。高尾太夫が綱宗公(島田重三郎とも)を思って詠んだといわれる句「 君は今  駒形あたり  時鳥(ほととぎす) 」にある時鳥も初夏を代表する鳥ですから、短冊の句はこれを意識しているのかも知れません。粂三郎の俳名の一つに杜若があるので、これもさりげなく入れているのではと思われます。高尾といえば高尾山の紅葉が有名なことから、高尾の衣裳には紅葉のデザインが施されています。杜若の紫と紅葉の赤と黄が対照的に浮かび上がる図柄、女性が花として咲いている姿、短冊という文学的要素を取り入れた絵画は、当時これを見て理解できたヨーロッパの人々には大いなる驚きと共に日本に対する憧れを抱かせたのではないかと思われます。ゴッホはアイリス(注2)を題材とした絵を何点も描いていますが、これら浮世絵から着想したものとすれば、そういう意味からも貴重な一点といえるでしょう。
注1. 遊女などの情夫。遊女が真情を捧げる男。
注2. アヤメ科イリス属の総称。アヤメ・ハナショウブ・カキツバタなどがある。

 

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