東藝術倶楽部瓦版 20160915 :二百で買って一両の気で食い

 

おはようございます。皆様には大変ご無沙汰して申し訳ありません。

来週火曜日20日から、日本経済界の大型訪中代表団が北京を訪れ、中国の国家指導者と会見するほか、政府機関や企業家との交流を行います。ちょうど今、その準備で大忙しで、瓦版の作成に手が回らない状態が続いています。ご理解の程、よろしくお願い致します。

 

さて、今東京では、築地市場の豊洲への移転をめぐって大変な騒ぎになっています。ガス工場の跡地に人の口の中に入る生鮮食料品の卸売市場を移転するというのですから、これはまた慎重に行わないと大変なことになるわけです。その辺の認識が、東京都庁のお役人様にはまったくと言っていたわけですら、日本の地方行政のレベルの低さに、驚きを感じざるを得ません。このような国が、国際的に一流でいられるわけがありません。当然の帰結です。

 

魚料理といえば、日本人にとって真っ先に思い浮かべるのは刺身、天ぷら、焼き魚、煮魚などでしょう。今では冷凍保存や流通の発達によって、日本中どこでも新鮮な刺身を食べることができます。ところが、江戸時代にはそんなものはありませんから、以前お話しした通り「生簀」という工夫によって、庶民でも普通に口にすることができるようになったのです。

 

江戸時代の刺身の代表格といえば、何といっても「鰹」です。鰹は回遊魚ですから、関東には旧暦の4月、新暦では5月頃にやってきます。もちろん東京湾にはほとんど入ってきませんので、鮮魚としては、最初は鎌倉や小田原沖で獲れたものが江戸に入ってきます。獲れた鰹は東京湾の入り口まで運び、三崎で待機している押送船(おしおくりぶね)に積み替えられて江戸の河岸に届けられます。北斎の富嶽三十六景「神奈川沖浪裏」に描かれている船がこの押送船で、こうして江戸の河岸に入った鰹が「初鰹」というわけです。

 

初鰹は、先ずは将軍家に献上され、その残りが市中に出回ります。この値段が、天明年間(17811789年)には1匹3両(現在の価格で24万円ほど)で、それでも食べたいという金持ちが大勢いたというのですから驚きです。これが日を追うごとに入荷量も増え、最終的には200文(4000円ほど)にまで下がったものですから、それでも贅沢品とはいえ、初鰹として庶民の口にも入るようになったのです。「二百で買って一両の気で食い」という川柳があります。200文で買った鰹を1両で買った気で食べるという意味です。おカネ云々よりも、人々の感じ方を大切にしている江戸ならではの心意気を象徴している川柳です。

 

高見澤

2021年1月

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このページは、東藝術倶楽部広報が2016年9月15日 21:41に書いたブログ記事です。

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