東藝術倶楽部瓦版 20170830:是の夏に、始めて尼僧を請せて、宮中に安居せしむ-夏安居

 

おはようございます。今朝の東京は残暑厳しく、まだまだ暑い日が続きそうな予感ですが、それでも空を見ると秋の気配が感じられなくもありません。徐々にですが、季節の移り変わりを楽しむ余裕が生まれそうです。

 

さて、本日のテーマは、「夏安居(げあんご)」です。一般的にはあまり馴染のない行事ですが、寺院などでは割と重要視されているようです。そもそも「安居(あんご)」とは、サンスクリット語(梵語)の「雨季」を意味する"varsika"、または"varsa(ヴァルシャ)"漢語訳したものですが、それぞれ個々に活動していた僧侶が、一定期間、一カ所にこもって修行することを指します。

 

原始仏教集団では、春から夏にかけての約3カ月の雨季は、外出を避けて修行に専念する習慣がありました。日本の梅雨のように健康を害しやすい時節なので、釈尊は弟子に休息を与えたのが始まりと言われています。これを「夏安居(げあんご)」、或いは「雨安居(うあんご)」と言います。祇園精舎や竹林精舎などの精舎は、そのための施設でもありました。安居中の食事は在家の信者が運び、修行者から説法を聞くことを習いとし、この安居のための居場所がお寺の始まりともいえるようで、現在のお寺とは大分性質が異なります。釈迦牟尼が安居を行った場所は、1回目が鹿野苑、2~4回目が竹林精舎、5回目が大林精舎、以降44回目まで所々不明なところもありますが、記録されているようで、祇園精舎は14回目から登場し、竹林精舎とともに5回と最も多く安居が行われた場所だったとのことです。

 

インドでは、6~10月頃は雨季になります。インドは国土が広いので、地域によってズレがありますが、取り敢えずは4月16日から90日間が安居の期間とされています。雨季には川が氾濫し、交通が不便になります。また、草木や虫がよく育つ時期でもあります。そこで、足元の悪いことから、小虫を踏み潰したり、新芽を痛めたりしないよう外出を避け、洞窟や寺にこもって修行に専念することになったとも言われています。

 

仏教が中国に伝来してからも、この夏安居の制度は受け継がれ、中国では旧暦4月16日から7月15日までの3カ月を夏安居と定めていました。日本では『日本書紀』に、天武天皇12年(683年)、「是の夏に、始めて尼僧を請(ま)せて、宮中に安居せしむ」とあるのを、夏安居の始まりと解釈しています。夏勤め、夏行(げぎょう)、夏籠り(なつごもり)などとも言われます。しかし、日本はインドのような雨季がないので、夏安居のほかに「秋安居」、「冬安居」なども生まれ、法会形式のものが多くなりました。夏安居の期間は宗派によって異なっており、一般的には旧暦4月16日から7月15日の3カ月が基本とされています。

 

延暦25年(806年)、桓武天皇の命により、15大寺と諸国の国分寺で安居が行われ、以後、官寺の恒例行事となります。平安時代以降、安居は一般寺院でも盛んに行われるようになり、特に禅宗の寺ではよく行われています。尚、冬の安居は「冬安居(とうあんご)」または「雪安居(せつあんご)」と呼ばれ、1016日~1月15日、または1116日から2月15日の間に行われます。

 

高見澤

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このページは、東藝術倶楽部広報が2017年8月30日 10:02に書いたブログ記事です。

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