東藝術倶楽部瓦版 20171109:月宮殿へ二度のぼるいたい事ー「十三夜」

 

おはようございます。昨夜帰宅したのが午前零時半、そして今朝家を出たのが午前5時と、想像するだけでも恐ろしい日々が続いています。今月20日から始まる日本経済界の大型訪中団の準備が佳境に入っています。普段から食事や生活面で気を配っていなければ、病気になって倒れてしまうところでしょう。

 

さて、本日は「仲秋の名月」のところでも紹介した「十三夜(じゅうさんや)」について説明しておきたいと思います。旧暦8月15日の月見の行事が「十五夜」と言われるのに対し、旧暦9月13日に行う行事を「十三夜」と呼んでいます。

 

もともと旧暦の毎月13日の夜を「十三夜」と言っていましたが、9月13日の夜は特別で、昔からこの夜に月を観賞する習慣がありました。この十三夜は、新暦では10月の中下旬にあたります。仲秋の名月のところでも触れましたが、十三夜のことを「後の月」、「豆名月」、「栗名月」とも呼ばれています。十五夜と同じようにお供え物をして祝いますが、その頃の食べ物といえば大豆や栗、柿が旬です。もちろん月見団子もお供えします。

 

十五夜は中国から伝来した風習ですが、十三夜は日本固有の風習です。秋の収穫祭の一つではないかともいわれています。その起源がいつなのかははっきりしていませんが、醍醐天皇〔元慶9年(885年)~延長8年(930年)〕の時代、延喜19年(919年)9月13日に観月の宴が催されたのが始まりであるとか、或いは宇多法皇〔貞観9年(867年)~承平元年(931年)〕が9月13日の夜の月を「無双」と賞したことによるとも言われています。

 

「片月見(片見月)」のことは仲秋の名月で説明したのでここでは改めて説明はしませんが、これは「片付見」に通じるとして忌まれていました。仲秋の名月を自宅以外で眺めると、片月見とならないように、十三夜も仲秋の月見をした場所に出かけていって眺めないとされていたようです。この慣習は江戸の遊里、吉原の客寄せの一環として始められたという説があります。仲秋の名月の日に吉原で遊べば、片月見を避けるために十三夜の日にも登楼しなければならないようになるというわけです。吉原では、十五夜、十三夜ともに「紋日(もんび)」という特別の日とされ、客はいつも以上に気前の良さを見せなければなりませんでした。「月宮殿(吉原のこと)へ二度のぼるいたい事」という川柳も残されています。

 

十三夜、十五夜、十七夜、二十三夜など、特定の月齢の日に、いわゆる月待ちを行うしきたりがありました。月待ちとは、特に女性である場合が多いのですが、人がたくさん集まって供物を供えて月が出るのを待ち、月を拝んで飲食を共にする月を祭る行事のことです。月待ちの「待ち」は、もともとは「祭る」の意味とのことです。

 

高見澤