東藝術倶楽部瓦版 20181108:町の雑事を行う「穢多頭」、「非人頭」

 

おはようございます。米国の中間選挙も終わり、上院は共和党、下院は民主党が過半数を占めるねじれ現象となりました。閣僚の人事権や条約批准等の外交政策に強い権限を持つ上院が過半数を占めたことで、トランプ大統領としては一安心といったところでしょうか。とはいえ、残された2年間の政治運営は困難が続くものと思われます。

 

さて、本日は江戸町奉行所の配下にあった「穢多頭」、「非人頭」について紹介したいと思います。「穢多」、「非人」については、江戸時代以前の身分制度における被差別階層としてのイメージが強く、今でも一部の地方では選挙対策として被差別部落問題への対応が重視されることも少なくありません。また、差別用語として、放送禁止用語にもなっており、過去発言や表現をめぐり問題になったことも1回や2回ではありません。このため、少し慎重過ぎる面もあるかもしれませんが、本稿は公式ブログには掲載しない方が宜しいかもしれません。とはいえ、事実としてこうした職制があったことは、会員の皆様にもご承知いただければと思うので、敢えて紹介していきます。

 

最近では、江戸時代の身分制度についてはかなり研究が進み、従来我々が教科書で習ってきたことと大分異なっていたことが分かってきていますが、それについてはまた別の機会を設けて説明します。ここでは、あくまでも江戸町奉行所配下の職務としての穢多頭、非人頭について説明していきます。

 

江戸幕府の庇護の下、水戸藩・喜連川藩・日光神領等を除く関八州、伊豆全域及び甲斐都留郡・駿河駿東郡・陸奥白川郡・三河設楽郡の一部の被差別民を統括していたのが「弾左衛門」という頭領でした。穢多頭というのは、あくまでも幕府側の呼称であり、自らは「長吏頭(ちょうりがしら)矢野弾左衛門」と称していたそうです。

 

また、浅草を本拠としていたので「浅草弾左衛門」とも呼ばれていました。弾左衛門は代々世襲で、幕府から様々な特権を与えられ、生活はかなり豊かでした。弾左衛門の屋敷は浅草の山谷堀の今戸橋と山谷橋の間に位置し、かなり広い敷地だったようで、屋敷内には弾左衛門の役宅や私宅のほか、300400人の役人家族が暮らしていました。

 

こうした穢多階層の主な仕事は皮革加工や燈芯・竹細工の製造販売で、特に皮革産業は武具の製造には欠かせない軍需産業に携わる者として、差別をうけつつも幕府の保護を受けていました。一方、江戸幕府の役職としては、町奉行所の支配を受け、江戸市中の警備・警察、刑場と刑の執行管理を務めていました。また、斃牛馬の処理なども行っていました。

 

この穢多頭の支配を受け、刑罰執行の処理の下役を行ったのが非人頭で、その非人頭の下で多くの非人が実際の処理を行っていました。非人といっても大きく分けて「抱非人(かかえひにん)」と「野非人(のひにん)」に区別されます。代々非人素性の者や刑罰によって非人となった「非人手下(ひにんてか)」と呼ばれる者が抱非人で、非人頭の下で非人小屋に属し、非人頭と呼ばれる小屋主の配下に置かれていました。一方の野非人は「無宿非人」と呼ばれ、非人小屋に属さない浮浪者を指します。

 

穢多頭の支配を受けて、町奉行所管轄の仕事をしていのは言わずもがな抱非人です。江戸には約3,000人、或いは4,0005,000人いたという説もあり、これら非人については浅草を拠点としていた非人頭代表の「車善七」が統括し、その下にいた各地の非人頭の支配下にありました。車善七は享保7年(1722年)に穢多頭の弾左衛門の支配下に入ったとされています。

 

代表的な非人は以下の通りです。

・車善七:江戸非人の統括、浅草溜支配

・松右衛門:車善七に次ぐ勢力、品川溜支配、品川仕置場(鈴ヶ森刑場)雑事

・次郎兵衛:中橋(京橋川)在、南町奉行所仮牢雑事

・新四郎:四日市(日本橋)在、北町奉行所仮牢雑事

・長兵衛:谷在、伝馬町牢屋敷雑事

・善三郎:深川(富岡八幡宮門前)在、引き廻し晒しの棒突き

・惣左衛門:浅茅ケ原在、処刑死骸片付け

・久兵衛:代々木在、その他雑事

このうち、非人頭とされるのは、善七、松右衛門、善三郎、久兵衛の4人で、総代表は善七、善七は主に江戸の北半分、善七に次ぐ勢力の松右衛門が江戸の南半分を支配していました。善三郎は善七に、久兵衛は松右衛門に属していました。こうした非人頭の下に3040の小屋があり、それぞれに小屋頭があり、小頭、小屋者を支配していました。彼らの活動費用は、主に「勧進」と呼ばれる寺社再建のための浄財の寄付を求める募金によって賄われていました。

 

江戸の町の治安が維持され、衛生な環境が整備されていた裏には、こうした人の嫌がる雑務を処理していた人たちの存在があったことを忘れてはなりません。現在では、こうした役割は地方自治体の公務員に引き継がれています。

 

高見澤

2018年11月

        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30  

このブログ記事について

このページは、東藝術倶楽部広報が2018年11月 8日 09:00に書いたブログ記事です。

ひとつ前のブログ記事は「東藝術倶楽部瓦版 20181107:町地の測量・検分役-「江戸町地割役」」です。

次のブログ記事は「東藝術倶楽部瓦版 20181109:「士農工商」は職業制度だった!?」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

カテゴリ