東藝術倶楽部瓦版 20200625:【江戸の川その85】涙で見送る立ち会いの川-「立会川」

おはようございます。一昨日、昨日と急用により瓦版をお送りできず、失礼しました。東京では、新型コロナウイルス感染の確認者数が増加傾向にある中で経済活動が活発化しています。菅官房長官は検査件数の増加が感染確認者数の拡大につながっているとの発言をしているようですが、それでは今まで感染者の実態が不明なまま緊急事態宣言やら東京アラートやらの措置を講じていたのか、或いは感染者数を誤魔化していたのかなどといったツッコミどころ満載の言い訳としか思えないのは私だけでしょうか。いずれにせよ、政府関係者の答弁が小学生にも分かるほどの稚拙なものでしかなくなっている残念な現実を改めて実感する次第です。

 

さて、本日は「立会川(たちあいがわ)」について紹介したいと思います。立会川は東京都目黒区と品川区を流れる全長7.4キロメートルの二級河川です。昭和20年代まではきれいな小川でしたが昭和後期から水質が悪化、平成の中ごろから水質が大きく改善するようになりました。現在は暗渠化が進み、道路や遊歩道、公園などになっています。

 

立会川の水源は目黒区にある碑文谷池及び清水池で、そこから流れ出た水は南東方向へ向かいます。品川区小山、荏原、西大井、大井町を通って東京湾の勝島運河に注ぎ込みます。現在は、東大井にある月見橋から上流が暗渠となって、立会道路が走っています。

 

立会川の名称の由来には諸説あります。一つは、その昔、川を挟んで小競り合いがあったことから「太刀会川」と呼ばれ、それが「立会川」となったという説。もう一つは、鈴ヶ森刑場へ送られる罪人を、その家族や友人が最後に立ち会い見送る場所であったことから「立会川」と呼ばれたという説。更に、中延(品川区)の滝間(たきあい)という地区を流れていたので「滝間川(たきあいがわ)」と呼ばれ、それが「立会川」となったという説などがあります。

現在の品川区南大井に、国道15号線(第一京浜)と旧東海道が合流する角に鈴ヶ森刑場跡があります。そこから旧東海道を北に行くと立会川に架かる浜川橋があります。この橋は別名「涙橋」と呼ばれていますが、ここは鈴ヶ森刑場に送られる罪人の肉親が最後に別れを告げて涙で見送ることから、そう呼ばれたとのことです。

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このページは、東藝術倶楽部広報が2020年6月25日 08:07に書いたブログ記事です。

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